象牙という素材を知る

象牙は、印材である以前に一本の牙です。牙のどこから切り出したか、どんな環境で育った牙か。それによって、同じ「象牙」でも別の素材といえるほど違いが出ます。

このページでは、牙のどの部分を使うのか(部位)、牙そのものの硬さ、そしてその硬さがどこで決まるのか(象の種類と生息地)を、順にご説明します。実際に象牙を仕入れ、彫ってきた立場から書いています。

品質の見分け方と等級ごとの価格は象牙の品質の見分け方に、取引の法律については象牙は合法なの?にまとめています。

象牙の品質に関わる「部位」「硬さ」「希少価値」「生息地」をまとめました

象牙というと、一見シンプルな素材のように思えますが、その種類は驚くほど細かく分かれており、牙から取れる部位、牙の硬さや柔らかさ、さらには産地によっても品質が大きく異なります。
天然素材である象牙の品質を判断するには、これらの様々な要素を考慮する必要があり、非常に複雑です。

多くの方が「どの象牙が良質なのか?」と疑問に思うことでしょう。
これを理解するためには、関連する情報を総合的に理解することが重要です。
そこで、象牙の品質について、部位の話、硬さの話、希少価値の話、象の話の順に解説していきます。

1本の全形牙から取れる場所で違いがある(印材の部位の話)

上のイラストは「全形牙(ぜんけいきば)」と呼ばれるもので、一本の大きな象牙全体を指します。
全形牙から、象牙の印材として様々な部分が切り出され、その種類は大きく分けると4つになります。

1.縦目
2.縦目芯持
3.横目
4.横目芯持

印材に対して「縦」に取るか「横」に取るか、そして「芯」があるかどうかの4つに分かれます。
では次に具体的にそれぞれの違いについて見ていきましょう。

①縦目

一般に流通している象牙のほとんどは、この「縦目」と呼ばれる、牙に対して根付から先端に向かう方向に向かって切り出したものです。

切り出す位置によって品質が変わり、中心に近いほどキメが細かく、数の取れない貴重品になります。等級の分け方と、等級ごとの価格は象牙の品質の見分け方で、輪切りの実物写真とあわせてご覧いただけます。

②縦目芯持

縦目芯持」とは、印材の中央に一筋の線が見られるタイプを指します。
この線は、通常は穴が開いてる場合がほとんどですが、稀にその穴が埋まっているものもあります。
また縦目芯持の象牙は、「ハード」と「ソフト」、つまり牙の硬さによって大きく価値が異なります。

具体的には、ハード象牙はその貴重さから高く評価されますが、大抵の場合、中央の芯部分には大きな穴が開いています。
一方でソフト象牙はハード象牙よりも品質が劣るとされますが、芯の穴は比較的小さくなります。
そのため市場で「縦目芯持」として流通している象牙の大部分はソフトな素材です。
しかし、稀にハードな素材でありながら芯が埋まっている「眠り芯」と呼ばれる非常に希少な象牙も存在しますが、これは市場にほとんど出回っていません。

象牙に詳しい人々の中には、芯持材に対して「芯が開いているため印鑑として機能しない」「芯の部分が弱いため使用に耐えない」といった否定的な見解も存在します。
理由はこれまで述べたとおり、ハードな象牙では芯の穴が大きく、ソフトな象牙では芯が弱いためです。
にもかかわらず、埋まった芯を持つハードな素材や、強度な芯を持つソフトな素材が存在することは、そのような象牙が市場にほとんど流通していないため、あまり知られていません。

さらに、芯部分の模様は個体によって異なり、特にメスの象牙は美しい芯を持つことが多いです。

【縦目芯持まとめ】
・縦目印材の一種で、象牙の中心にある芯が、印材の中心に入っている
・ソフト材でも芯部分が綺麗なものは少ないため、芯持印材にできるソフト材は数が少ない
・ハード材の芯はほとんどが穴があいているので、芯持印材にできない
・稀に芯に強度があるソフト材や、芯に穴が空いていないハード材がある
・メス牙(細長く、付根から先端までの勾配が少ない)は綺麗な芯を持つことが多い

③横目

次に希少象牙の代名詞である「横目」について説明します。
主にソフト材から得られる横目は、そのユニークな切り方によって特徴的な丸い輪を形成します。

横目の切り出し方を示す線図では、円形が縦目を、長方形が横目を表します。

一般的に「日輪」と称される横目は、象牙の美しさを際立たせる印材として知られています。

通常、象牙は牙に沿って平行に(縦目として)切り出されますが、横目は牙の芯を中心に垂直に(横目として)切り出すことで、豪華な模様を生み出します。
この模様は「太陽の輪」に例えられ、縁起が良いとされています。
模様が美しい横目が特に価値があるのは、取れるソフト材が限られていること、また小さな牙からしか得られないためです。

また、横目の彫刻は職人の技術を最も問います。
繊維が横向きになっているため、彫刻が難しく、少しの力で材料が剥がれやすくなります。
縦目の場合は、彫刻面の繊維が立っており、彫りやすく、外圧に対する耐性も高いです。
しかし横目では繊維が横になるために、熟練した職人でさえも慣れと適切な道具が必要とされます。
鋭く薄く研がれた刃物を使うことで対応可能ですが、これを実行するのは容易ではなく、できる職人は非常に少ないと言えます。

【横目まとめ】
・主にソフト材から取れる
・シマの濃い象牙を使い、芯の上下などから切り出した印材で、側面に丸い円が現れる印材である
・その模様が太陽の輪に見えることから「日輪」とも呼ばれている
・シマの濃い象牙は小さい牙からしか取れず、大変希少である
・彫り手の技術を最も問う印材である

④横目芯持

ここまでで、はっきりとした模様がある横目が、いかに貴重であるかをお伝えしてきました。
その横目模様の中心に芯がある「横目芯持」はさらに珍しく、その数はさらに限られてきます。

写真でご確認いただけるように、横目模様の中心にある黒い点が、まさにその象牙の芯です。
この存在が象牙の価値を一層高めています。

もう1度、先にご紹介したイラストに注目してみてください。

象牙の全形の中心を走る赤い線は、実は象牙内部を通る神経を示しています。
この神経が作る穴は、根元に近づくほど大きくなり、先端に向かうにつれて細くなります。
そのため芯が完全に詰まっている象牙は極めて稀であり、芯が明瞭で美しい象牙はさらに希少価値が高いと言えます。

【横目芯持まとめ】
・主にソフト材から取れる
・はっきりした日輪模様は、小さい象牙からしか取れない
・中心に芯があり、その周りに綺麗なシマが現れるのはさらに少ない
・芯の穴が詰まっているのは稀である
・彫り手の技術を最も問う印材である

牙そのものにも、硬さの違いがあります

ここまでは一本の牙のどこから取るか、という部位の話でした。象牙の品質を決める軸はもう一本あります。牙そのものの硬さです。あまり知られていませんが、硬さによって「ハード」「ソフト」「唐方(とうかた)」の3種類に分かれます。

ハード

硬く、光沢と艶があります。水生地(みずきじ)と呼ばれるものは、トロッと透けるようなピンク色をしています。ただし白い斑点や見栄えの悪い模様が出やすく、芯に近い部分を取ろうとすると黒っぽくなりがちで、歩留まりがよくありません。高級象牙に使われ、耐久性も非常に高い材です。

ソフト

柔らかく、乳白色で少し赤みがかった黄色をしています。模様そのものはハードと大きく変わりませんが、シマが目立ち、艶は劣ります。いま市場に最も多く出回っているのがこのタイプで、漂白処理をされているものも少なくありません。

唐方(とうかた)

ハードとソフトの中間の硬さで、黄色みがかったアイボリー色をしています。この色合いは他と比べようがありません。硬さとしなやかさの両方を持つため彫刻に最も適しており、明治前後の牙彫(げちょう)の作品にはこの唐方が多く使われていました。唐方とはインド象の象牙のことです。日本から見て中国(唐)の方角から来た、というのが名の由来です。

インド象の恩恵は、私たち彫刻師も受けることができます。滑らかに刃物が走り、狙った場所に正確に彫刻ができるだけでなく、硬すぎず柔らかすぎず絶妙な粘り気のある硬さによって、心地よさを常に感じることができるからです。

一般にはハードのほうが高品質とされます。ただし唐方は、その希少さゆえに別格の扱いです。詳しくはインド象の象牙は、なぜ最上とされてきたのかをご覧ください。

希少な順に並べると

部位と硬さを組み合わせると、希少さの順序はおおよそ次のようになります。

  1. インド象(唐方)
  2. 縦目芯持のハード材
  3. 縦目芯持のソフト材
  4. 横目芯持のソフト材
  5. 縦目極上のハード材
  6. 横目のソフト材

上の2つは、いまではほぼ手に入りません。なお、どれがどれだけ取れるかという割合は、扱ってきた実感としての順序であって、正確な数字として申し上げられるものではありません。牙は切ってみるまでどの等級になるか分からないからです。

硬さは、どこに棲んでいたかで決まります

なぜ同じ象牙で硬さが違うのか。答えは象の暮らしにあります。象は牙で地面を掘って木の根を食べ、木の皮を剥ぎ、邪魔な木を持ち上げてどかします。赤道直下の熱帯雨林には湿気を含んだ太い木が多く、それに応えるうちに牙が硬くなります。これがハード材です。食べる植物の種類や遺伝も硬さに影響します。

アフリカ象

森林象はカメルーン・ガボン・コンゴ・中央アフリカなどの熱帯雨林に棲みます。体はいちばん小さく、頭が丸く、牙はサバンナ象より小さくインド象より大きい。象牙はハードです。

サバンナ象はナミビア・ジンバブエ・ボツワナ・南アフリカなどのサバンナ地帯に棲みます。体も耳も牙もいちばん大きい。象牙は棲む場所で分かれ、草原地帯や砂漠の個体はソフト、熱帯雨林の個体はハードになります。

アジア象

アフリカ象に比べて数が少なく、インド象を含めてアジア象と呼びます。ネパールからインド、ブータン、バングラデシュを経て、ミャンマーやタイなどのインドシナ半島、マレー半島、中国・雲南省南部の一部に分布します。体はサバンナ象より小さく森林象より大きい。耳はいちばん小さく四角く、牙はいちばん小さい。頭が2つに割れているのが見分け方です。

象牙は唐方、つまりハードとソフトの中間です。アフリカ象のハード材の硬さと、ソフト材のしなやかさの両方を持ち、適度な粘りがあって彫刻に向きます。独特の艶と重量感があり、印章の最高峰の素材とされてきました。

アジア象の象牙は、ワシントン条約が発効した1975年に商業目的の国際取引が禁止されました。アフリカ象が同じ扱いになったのは1990年で、その差は15年あります。もともと生息数が少なく牙も小さかったうえに、半世紀近く前に入り口が閉じたため、いま国内にはほとんど残っていません。まぼろしの象牙と呼ばれる理由です。

インド象の象牙について詳しくはインド象の象牙は、なぜ最上とされてきたのかをご覧ください。

象牙の価値と象徴性

象牙は古くからその希少性、美術的な価値、そして加工の難しさにより、高価であり権力の象徴とされてきました。
王族や貴族によって大切にされ、富と地位の証とみなされてきたのです。
社会の上層部では、装飾品、宗教的な物品、美術品の素材として象牙が広く用いられ、象牙が持つ特別な価値観と象徴性が反映されています。
この豊かな歴史が、現代でも象牙製品を価値ある素材として位置づける基盤となっています。

象牙の美術的・機能的価値

さらに象牙の美術的および機能的価値は、その象徴的な重要性を超えて広がりを見せています。
特有の質感と色合いが、世代を超えて様々な細工品や高級芸術品のための素材として好まれてきました。
非常に細かな彫刻が可能なため、象牙は印材だけでなく、宗教的なアイテム、日常用品、楽器など、多岐にわたる作品で活用されてきました。
この汎用性と歴史的価値が、象牙を洗練と芸術の象徴として今に伝えています。
そしてこの価値は今日でも、貴重なギフトや高級な装飾品として受け継がれています。

象牙の取引がなぜ規制されているのか、鈴印がどのような登録のもとで取り扱っているのかは、象牙は合法なの?にまとめています。

最後に

象牙に関する知識を深めることで、単に印鑑として、また美術品や装飾品として取り扱ったり鑑賞したりすること以上の意味があるのではないでしょうか。
象牙の各部位や種類、それぞれの特性を深く理解することで、ご自身の選択の一助になれば幸いです。

自然から授かったこの素晴らしい資源を深く知ることは、私たちの文化や歴史そして環境への敬意にもつながります。
この記事を通して、象牙についての知識が豊かになり、またあなたにとってその価値が高まることを願っています。

象牙の印鑑をお探しの方は、象牙印鑑の選び方と価格もあわせてご覧ください。